広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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  • 掲載ニュース― NEWS ―

    今週の表紙
    広島司法書士会会長に就任 / 井上 進 氏
    NEWSな人
    PPP事業の受託加速へ 課題抱く自治体を総合支援 / 復建調査設計PPP推進室 川上 佐知 室長
    8月に新エリアオープン 入館者増へ新たな魅力発信 / 宮島水族館 室町 宏 館長
ニュース一覧
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グルメ&ナイト― GOURMET and NIGHT ―

話題のお店を取材!
Calma / 橋本 康彦 店長

女性が一人で仕事帰りに立ち寄れるカジュアルな伊料理店をコンセプトに、2020年4月に開業した。橋本康彦店長は、
「常時12種類以上のグラスワインと、それに合う単品料理を用意。200円のおつまみから、パスタ料理まで一人で食べられる量に設定。3〜4品とワイン2杯で4000円ほど。2軒目や、食後のデザート利用での来店も歓迎です」
 13年間、旧ホテルサンルート広島の伊料理店「ヴィアーレ」でホールマネージャーを勤め、同僚だったシェフ2人と共に開業。洋食やワインへの敷居を低く、手頃な価格で提供しながらも、ホテルレストランで培った一流の料理技術とサービスを提供する。
「南北に長いイタリアは地方によってワイン・料理が異なります。寒い北側では肉やチーズなどに合う赤ワイン、温暖な南側では魚やトマトに合う酸味のあるすっきりとした白ワインなど。当店でも、魚・肉・野菜に合うそれぞれのワインをご提案します。ワイン初心者も気軽にお立ち寄りください」

    INFORMATION
  • ◆住所:中区薬研堀3-6 薬研堀ビル2階
  • ◆電話:082-567-5117
  • ◆席数:カウンター8席、テーブル8席
  • ◆平均予算:4000円
  • ◆営業時間:午後6〜11時
  • ◆定休日:日曜
  • ※発行当時の情報となります。過去の記事につきましては、最新情報を掲載店さまにご確認ください。

スポーツ応援談― SPORTS TALK―

経営者が語るスポーツ「愛」
キアン / 江草 仁貴 社長

元プロ野球投手で、現在は中区寺町で野球指導などを手掛けています。初登板は阪神時代の2003年9月の巨人戦。強打者・清原さんのがっしりとした体格と威圧感に圧倒されましたが、なんとか抑えてやるぞと投じたフォークボールで三振に仕留めました。興奮したのもつかの間、次のペタジーニさんにアウトコースのボール球の直球をいとも簡単にスタンドへ運ばれ、真っ向勝負では通用しないプロのレベルの高さを痛感。そこから、超一流と言われる打者を攻略するにはどうするべきかを模索する日々でした。
 「1点でも取られたら失敗」の中継ぎが主な仕事場だった私は、1球ごとに投球テンポを変えて打者に考えさせる隙を与えなかったり、時には四球覚悟でストライクゾーンぎりぎりに投げて打ち気をそらしたりと、とにかく「0点で抑える」ことにすべてを懸けました。いつ、どのタイミングで登板するか分からない上に、試合の流れを左右するかもしれない重要な局面を任される役目。精神的にしんどかったですが、抑えたときに沸き上がるファンの歓声に報われていましたね。
 12年に西武から故郷の球団・カープにトレード移籍。ベテランから若手まで、がむしゃらに練習して目の前の試合に一生懸命に挑む姿勢は幼い頃にイメージしていたカープそのままでした。けがに悩まされながらもファンやチームメートに支えられ、カープで引退できたのが何よりも幸せです。
 苦しいチーム状況ですが、力のある若手が多い。一人一人が持てる力を出し切り、歯車がかみ合えば強いカープが戻ってくると確信しています。

コラム― COLUMN ―

                                   
記者が注目する「こぼれ話」
ボールパークの話

どこかの国にならい、見事に日本らしくこなす。米国由来の野球は日本最大のスポーツビジネスに発展した。ベースボールと野球の違いを指摘する声もあるが、何ら問題はない。マツダスタジアムでのカープ観戦は楽しい。いち早く事態が収束し、真っ赤に染まった満員のスタンドから、どこか弱々しげなカープに活を入れなければならない。
 日本初の本格的なボールパーク、マツダスタジアムはカープも変貌させた。2009年春、旧国鉄の貨物ヤード跡地に完成し、旧市民球場から現在地へ移転。観客動員数が急増した。15年から5年連続で200万人を突破し、旧球場時代に100万人内外だったことに比べて圧倒的に応援風景が一変。長らくBクラスに低迷していたカープは見違えるほど強くなり、16年からセ・リーグ3連覇の偉業を成し遂げた。夢のようである。
 臨場感にあふれる別世界のようなマツダスタジアムが完成するまでに幾度か波乱もあった。市役所時代にスタジアム建設に長期間携わり、代々続く実家の農業を継続するため、3月末で退職した前経済観光局長で、(社)地域価値共創センターの理事を務める日高洋さん(59)は、
「03年の民間事業とん挫後、プロ野球界再編論議に端を発して地域が立ち上がった。04年に県、市や商工会議所、カープなどで新球場建設促進会議を設け、本格的な議論が始まった。既に球団は本場の米国を視察し、いまのボールパークにつながる意見を持っていた。06年に設計・施工コンペを行った結果、条件付き最優秀案を選んだがその条件が満たされていないと判断し、当選案にしなかった。都合3度のコンペを行ったエネルギーは一体どこから出たのかといまも不思議に思う」
 04年にオリックスと近鉄が合併し、1リーグ制10球団とする球界再編が取り沙汰されていた。当時の市民球場は築後約50年と古く、観客席は横・前後の幅が狭く劣悪な観戦環境だった。選手のロッカールームも狭いなどと不評。市民やファンはむろん、行政や周辺の商業施設、商店街、経済界も「真っ先にカープがなくなるのではないか」と危機感を募らせていた。
 球団は米国へ社員を何度も派遣し、あるべき姿として三つの方向を打ち出す。地域の活性化につながる球場、天然芝のオープン球場、野球に興味のある人もない人も世代を超えて気軽に交流できる広場のような球場。まさにボールパークそのもの、米国で主流になりつつあった。
 日高さんは実際に見てみなければ、よい球場を造ることができないと考え、自費で大リーグの球場を視察した。驚きがいっぱいだった。観客は多世代。観戦だけでなく食事や遊具などで楽しんでいる。ゆるやかな勾配のスタンドからもグラウンドがよく見えることを確認し、座席の前後幅や横幅も念入りに測った。
 スタジアムを周回できるコンコースは球団の意見を反映し、本通商店街とほぼ同じ幅にした。観客席は砂かぶり席やパーティーフロア、パフォーマンスシートなど約30種類もある。スタジアムの向きは東北東にし、観客席の多い内野席で直射日光を受けないよう配慮。そのほかファン、選手ファーストの考えがふんだんにある。−次号で。

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